2010/07/07

最近僕がtwitterで悪態ばっかついてて感じ悪い件

ある日twitterのタイムラインに、地方都市におけるアートプロジェクト関連のニュースが流れたのを機に、僕の仙台アートシーンへの不満をつぶやき始めたわけです。それが感じ悪いヤツだな感がいなめないので、いっそのことここに考えをまとめるわけです。これは私感であります。

仙台市内の美術スポットは大まかに3箇所だと思います。1、宮城県美術館 2、せんだいメディアテーク 3、画廊 です。

宮城県美術館は想像通りの地方美術館と言ってもいいと思います。今まっただななか現代美術の展示はあまりなく近現代のシブい展示が多いわけですが、良いものを見せてくれます。

せんだいメディアテークは建物自体がなんとかさんという有名な建築家が作ったらしく、現代的な文化スポットになってます。よく講演会みたいなのもやってて面白い話しが聞けたり聞けなかったりします。展示フロアはというと、何年か前にあった高嶺格展のように企画展なのかわかりませんが、たまーぁに現代美術の大きな展示があったりなかったりしますが、普段基本的にはただの有料レンタルスペースです。
大きな施設としては、仙台はこの二つだけです。つまりは質のいい現代美術を見たいと思っても、仙台ではほとんど無理といっていいでしょう。上で言ったようにたまーぁにやっていることはあっても、フラッと行った時にいつでも見れるものではありません。

3つめは画廊ですが、仙台の画廊話しの前に、東京の画廊がどうなってるかを思い出します。東京は銀座を中心に「貸し画廊」がいっぱいあります。(昔は神田を中心に発達したらしいです。)この貸し画廊が、もうだいぶ前からちょっとつらい状況にあります。画廊が企画してこれぞという作家をプロデュースする「コマーシャルギャラリー」が活躍するようになったこともあるでしょうし、他にもきっと色々あるのでしょう。貸し画廊はその名の通り、基本的に作り手がお金を払えば展示できます。これは良い面と悪い面があります。良い面は、作り手として「個展」を経験できるということです。自分の作ったものだけで空間を演出することは、普段なかなかできません。例えお客さんが誰もこなかったとしても、自ら俯瞰して見れる良い経験になります。自分を試す発表の場になるのです。またアバンギャルド全盛の時代に貸し画廊が舞台になったように、美術館では展示できないような、または扱ってもらえないような実験的な企画を作家自らがお金を払うことで実行できます。悪い面は当然、作品のクオリティーが維持できないことです。企画画廊や美術館のようにハコ側が企画をして、この作家の作品がおもしろいから、文化的に価値があるからみんなに見せましょう。じゃないわけです。わけもわからず作ってる学生も、趣味で作り始めたばかりの方もお金を払えば展示できるわけです。ただし、審査があります。審査ラインはギャラリストの審美眼とプライドによると思います。つまり質の高い画廊もあるわけですが、景気が悪く背に腹は代えられぬという画廊もあるわけです。だいたいそんな感じだと思いますが、僕はそれらの貸し画廊を非難してるわけではありません。東京の貸し画廊はライバルも多く、いろいろ考えてます。有望な作家を足で探し定期的に画廊主体で企画展をしたり、まだ未熟なところがあっても若者を育てようとあれこれ思案するプライドある貸し画廊の主人を知っています。僕が今回の流れで重要だと思うのは、見る側として東京には画廊の他に大きな美術館や美術館クラスの作家を扱うコマーシャルギャラリーがいっぱいあることです。現代美術だってフラッと行けば世界規模の作家の展示がどこかしらでやってるのです。美術館、コマーシャルギャラリー、貸し画廊、オルタナティブスペース、その他アートイベント施設、企業のアートギャラリー、それぞれ役割があって見る側もその役割の違いを意識することができます。
そんで、仙台の話しです。前述のように、仙台にはフラッと行って現代美術を見ることができる施設がありません。僕の感じる問題は、現代美術にちょっとだけ興味があって学びたいと言う人の行く場所が、貸し画廊だということです。傍目に見てても、貸し画廊に教育的役割が付加されちゃってる感があります。そこで展示してるのは東京の貸し画廊問題でもある通り美術的価値が認められてるものでは全くないわけです。東京のように見る人が施設ごとの役割分担をわかっていれば、勉強したい人はそれ相当の施設に行くのでいいのですが、仙台は貸し画廊がそんな感じになっちゃってるのです。これはなかなか大きいことじゃないかと思います。画廊では展示した人は誰でも作家さんと呼ばれます。美術の知識が無い人は、作家さんと紹介されたらこれはスゴイ人なんだろーなーと思うでしょう。そこにある物をみて学び、これが美術なんだと思うでしょう。興味の入り口として機能させるなら問題ないわけですが、現状はなかなかそうなってないように思います。企画展もあるにはあるようですが、主にオトモダチの展示です。内輪の中で美大出た人をタダで展示させる、もしくは軽い公募でポートフォリオからマシなのを選ぶくらいのもんです。東京の貸し画廊が質を保つよう努力して行ってるような積極的に外に作家を探しに行く姿勢もありません。教育的側面を帯びてきて東京より自覚的にならなければならないのに、東京より無自覚なのです。画廊だけではなく、公がからんでそうな街中アートイベントっぽいのも年に一回くらいあるみたいですが、同じような印象です。なんだこれ?ってものがアートとして飾られ、誰ですかあなたって人が地元でだけ有名な「作家さん」になっていきます。それらの「作家さん」が良いもの作ってないとは言いませんが、わからない人に見せるという教育的側面が強いのであれば地元だけでは計れない客観的評価が必要です。なかなかの評価を得て全国区で活躍してる作家も仙台にいるのに、彼らには誘いもきません。

僕の仕事はハコ側ではなく作る側です。三流作家が外からモンクばっかり言ってみたわけですが、野党は必要です。ハコ側にだっていろんな苦労があることは聞きますし想像もできますが、ちょっとマズいんじゃないのと思うから言うのです。仙台は文化が育たないと噂されてるのを知ってるでしょうか。みんな仲良しの田舎では和を乱すやつは嫌われます。和を尊しとするmixiを辞めたのはそれが理由ですが、twitterではどうなんでしょうか。ただでさえトモダチ少ないのになー。。。

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